地味な才能で生き抜くのも大したもの

スピリチュアル系の教えの中に、私たちは何かしらの才能をもって生まれてくるというものがあります。

ただ、その才能とやらが、この経済基盤の社会で、すぐに役に立つ才能かどうかは別かもしれません。

傑出したスポーツの才能や、知能を競うゲームの才能があると、人気者になり、スポンサーがついたりして、お金を稼ぐことができます。

そういう人はいろいろな賞をとったりして、社会から賞賛をもらうことができます。

(なんともうらやましいです(^_^;))

しかしながら、私を含めて世間一般のほとんどの人は、そういった評価されやすい才能を持って生まれたりしません。

私たち一般人がもつ才能は、とても尊いものではあるのですが、もっと地味なものだったりします。

例えば、子供をあやすのがうまい、料理が得意、読書が好き、聞き上手、片づけ上手、見ず知らずの人と仲良くなれる、ユーモアがある、などです。

これらの地味な才能をフル活用して、私たちは人生を一生懸命に生きています。

天才的な才能を持って生まれた人が、偉業を達成することも素晴らしいのですが、そこそこの才能なのに、人生をまっとうに生きていくのも、それはそれで大したことだと思います。

先ほども言った通り、社会は分かりやすい成果を残さないとなかなか賞賛してくれません。

だからせめて自分だけは、「私はいま生きているだけで十分賞賛に値する」と自分を認めてあげましょう。

私も含めて、この難儀な世界で本当にみんな一生懸命に生きていると思います。

スポンサーリンク
336広告
336広告

フォローする