逃げるが勝ちもときには大切

世の中にはいろいろな人間がいます。

育った環境や文化、立場も違うので、考え方や趣味嗜好などが違うのは当たり前です。

そのため、同じ出来事に遭遇した時も、反応は様々です。

たとえば、雨が降って喜ぶ人もいれば、憂鬱になる人もいます。

この事実を忘れて、自分の感じ方が絶対に正しいと考える人がいると、周りの人間関係がすさんでいきます。

最近よく耳にするパワハラなども、立場的に優位に立っているものが、下の立場のものに、自分の考えが絶対に正しいと押し付けることで起きます。

下の者は、最初は自分の意見を勇気をもって言うかもしれませんが、その意見をまったく上の者が理解しようとしない場合、やがて下の者は、「この人には何を言っても無駄だ」と思い、意見を伝えようとしなくなるでしょう。

そうして、下の者から率直な意見を言われなくなると、上の者はますます、自分の意見が正しいので、だれも反対意見を言わないのだと思い込み始めます。

そうやって、パワハラは過剰になっていくのでしょう。

言っても無駄な方は、正直います。

会社などで、理不尽な先輩や上司に出会ってしまった場合、精神的被害が軽微なうちに、退避することをお勧めします。

パワハラ上司などは、自白を強要する悪徳な取調官みたいなもので、ずっと一緒にいると、そのうち向こうが言っていることが正しいのではないかと思いこみ始めてしまいます。

独裁的な親やパートナーなどの場合、家族ですので退避が難しいですが、会社は金銭的な雇用契約なので、毅然とした勇気を出せば辞めることができます。

やめることは悪いことでも、根性がないことでもありません。

状況によっては、一番賢明な選択だったりします。

身動きが出来なくなった戦場で戦い続けるよりも、もっと自分の力を発揮できる戦場に移動した方がいいとおもいます。

撤退するのではなく、華麗な転戦というわけです。

(もしくは戦略的撤退とも言います)

我慢が美徳というのは絶対ではないのかもしれません。

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