個人的な意見や感じ方を他者に押し付けない伝え方

前回の補足的な記事を書いていきます。

自分の意見や感じ方が、絶対に正しいと思い込んでる人は、正直、結構いると思います。

そういう人は、自分の意見や感じ方を他者に伝えるとき、「○○だよね」とか「○○じゃありません?」というように、自分が正しいという前提で確認してきます。

さらに、文章的には主語が抜けていることがほとんどです。

例えば、「あいつって、バカだよね」という言い方です。

主語が抜けた文章だと、言っていることがまるで絶対の真実を示しているかのように、相手に伝わります。

ですが、【あいつ】が【バカ】かどうかは、その人の主観的な判断であって、絶対の真実ではありません。

そのため、「あいつって、バカだよね」と伝えられた人が、【あいつ】を【バカ】だと思っていないときは、とても違和感を覚えます。

伝えてきた相手が、仲のいい友達なら、「そんなことないよ、俺はあいつのこと、結構キレるやつだと思うよ」と言い返すこともできますが、もし伝えてきた相手が、立場の上の方や、威圧的なひとだったら、言い返すことが難しくなります。

もちろん、本当に大事なことなら、勇気をもって反対意見を言うことは大事ですが、日常会話レベルで言われた場合、「そうですね」と流すことの方が多いと思います。

でも、このようなやり取りが、同じ相手から日常的に行われると、とてつもないストレスになります。

職場では、大人しい後輩が先輩の意見に異を唱えられずに、ストレスを抱え込むことはよくあるでしょうし、夫婦の場合も、妻が夫よりも力関係で弱い場合、何も言えないままストレスを抱え込み、やがて鬱になることもあると思います。

これは、ストレスを抱えるほうだけが損害を被るのではなく、意見や感じ方を押し付けている方にも損害が出てきたりします。

例えば職場で、いつも意見を押し付けている上司が、仕事上でミスをしていたとします。

部下はそのミスに気づいていても、普段から上司に俺の意見は正しいと押し付けられていると、上司に向かって「それ、間違ってます」とはなかなか言えません。

そうやってミスは指摘されないまま、やがて事は大きくなり、手遅れの一歩手前で発覚したりします。

そのとき、上司は部下に向かって、「お前、気づいていたのになんで言わなかったんだ!」と怒鳴り散らしますが、それは殺生というものでしょう。

人間も動物ですので、繰り返し同じことをさせられていると、条件付けが発生し、普段と違う行動が起こしにくくなるものです。

上記の例は、イエスマンばかりをそばに置きたがる、ワンマン社長の身にも起きやすいかもしれません。

さて、ではそうならないためには、どうのように相手に意見や感じ方を伝えればいいのでしょう。

その対策として、まず一つは、自分の意見や感じ方は、あくまで自分個人のものだと自覚することです。

例えば、「パンダって可愛いよね」とか、「パンダって可愛くないですか?」というセリフがあるとします。

確かに、多くの人がパンダを可愛いと感じているのかもしれませんが、中には「パンダって目が怖いなぁ」と感じる人がいてもいいとおもいます。

感じ方は人の自由です。

この自由を尊重したら、次は、文章に主語をつけます。

・「私は、パンダを可愛いと感じます」

・「私は、パンダを可愛いと感じますが、あなたはどう感じますか?」

文章は多少長くなりますが、主語を足してやると、急に個人的な感想に変化すると思います。

個人がどう感じようがそれは勝手なので、これなら、押し付け感がほとんどないのではないでしょうか?

もし、主語をつけるのが大変なら、語尾を「○○だと思う」や「○○な気がする」にしてあげてください。

【思う】や【気がする】なら、確定的な表現ではないので、かなり押し付け感が減ると思います。

他者と円滑なコミュニケーションをとりたいとお望みの方は、どうぞお試しあれ。

おまけとして、私が今まで本を読んだ中で、一番これらの表現に気を使った書き方がなされている本のリンクを張っておきます。

ゲシュタルト療法を、私は著者の岡田法悦さんから学ばせてもらいました。

本にはとても岡田さんのお人柄が出ていると感じます。

ただ、惜しむらくは、この本は絶版になっているようです。

興味のある方は、中古本で購入するか図書館でお借りください。

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